気づきと勉強のしましま日記

色んな本質を考えていくよ

HPを作ろうと試みて空回りした話

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こんにちは、しましまです!
前回に引き続き、HPについてです。
前の記事では理解のためのイメージばかりやりましたが、
今回は実際に作成する部分をやっていきたいと思います。

まぁ、私が忘れたときに見る記事になる予定です。

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まず、サーバ(データを保管し、誰でも見られるようにするためのもの)を
持っている企業さんからサーバを借り、そこで与えられるWEBページを受け取りに行きましょう。
ご自分のサーバーをお持ちの方はここをすっ飛ばしましょう。

ここで、HPを作るにあたっての借りられる条件は
企業さんによって違います。

私が重視する部分は

①有料か無料か
PHPが使えるか

①について、今回作るHPはただの個人的な数学のサイトになる予定です。
なので、無料であることが望ましいです。

②についてですが、
まずPHPというのは、Hypertext Preprocessorというなんか凄そうな名前ですが
HTMLを動的にするためのものだそうです。
想像すると、たとえば定規があったとして、定規をPHPにしたとしたら、
自動で測ってくれるみたいなイメージでいいかなと思います。

実は、以前創作サイトで漫画を描いていたんですが、
全ページにサイドバーを作って、そこに1話、2話…と置いて
クリックしたら読めるようなものにしていました。
しかし漫画というのは増える訳で、そこで3話をサイドバー追加しようとすると、
TOPページのサイドバーに3話のリンクを貼り、
1話のページのサイドバーに3話のリンクを貼り、
2話のページのサイドバーに3話のリンクを貼り…と、
同じ作業を何度もしなければなりませんでした。
もしこれが50話になったとしたら、50回+その他TOPページ等をやらないといけないということです。

それって…同じことの繰り返し…

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これを解消する方法がPHPであることは以前から知っていました。
しかし、PHPを使える無料サイトはあまりありませんでした。5つくらいでしょうか。
今回借りたXFREEサーバーさん(Xdomainさん)は無料でPHPを借りることが出来るのですが、
なぜ創作漫画サイトはこのサーバーさんを利用しなかったかというと…
PHPを使えるサーバーさんは大抵、

住所・氏名・電話番号が必要だったからです。

フリーメールも大体不可。
自作の下手糞な漫画をただ公開するサイトに、個人情報を入力したくなかったという理由です笑
今回はただの数学について書くだけのサイトになるので、抵抗無く登録しました。


ではさぁページ作るか…とはなりません。
次にFTP(file transfer protcol)という、データをやり取りするためのサーバを使います。
最近のCMSというシステムでは使わないそうですが、
セキュリティ上の問題などもありますが、基本的にはFTPでデータをやりとりするのが普通のようです。
FTPという言葉には、本来の約束事(プロトコル)を意味する場合と、
データをやり取りするサーバ自体の意味を表す場合とあります。
簡単に言うと、データの運送の決まりか、データ運送そのもの、と考えていいと思います。

FTPの設定は、WEBサーバさんが大体説明してくれます。
大切なのは、
FTPサーバのホスト名
FTPにログインするためのユーザ名
●パスワード
です。
特にパスワードは絶対に忘れないようにしましょう。
でもパソコンに付箋で貼っておくのはやめましょう。

FTPソフトは、昔はFFFTPさんを使っていました。
一覧でHPの作成したページが表示されます。
画像のデータなども管理できます。


次に、HTMLを書くとなると、エディタが必要になります。
無料で有名なところとなると、terapadでしょうか。
あとはこのエディタを、FTPと紐付けすると更新がかなり楽になるかと思います。
私はdreamweaverというソフトで作業しています。


それでは、HTMLを実際に書いていきます。

HTMLの構成は基本的にこうなっています。

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<>で囲まれたものをタグといいます。
HTMLでは、<>タグを使う決まりになっています。

タグの中には、その性質を現す名前が入ります。要素といいます。
<head>→頭脳(見えない部分)
<body>→身体(見える部分)

※私が思ったイメージです

さらにその
<head>の中には<meta>、<link>、<title>というタグが、
<body>の中には<p>、<h1>、<img>、<a>、<ul>、<li>、<br>、<div>、<span>というタグを使うなど、
場所によって使うタグが違うなどといったルールもあったりします。
※リストを作れる<ul>と<li>はセットで使います。(番号つきリストにする場合は<ol>と<li>)
※divとspanの違いは改行が入るか入らないか(ブロック要素とインライン要素)

さらに、CSSに関連して、
部分的にHPをおしゃれをする場合、

idclassdiv等とともに使って指定した場所を目印をつけることで装飾をすることが出来ます。

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例:<div id="header"></div>
※idとclassの違いは同名で一回しか使えないか、何度も使えるか

<head>内に必要そうな文章は以下です。
<meta charset="utf-8"/>←文字について
<meta http-equiv="X-UA-Compatible" content=IE=edge">←IE互換用
<meta name="viewport" content="width=device-width,initial-scale=1"/>←スマホ用に
<title>サイトのタイトル</title>
<meta name="description" content="ここにページの内容を書く"/>←検索用
<link href="ここにCSSのファイル" rel="stylesheet" type="text/css" />

HTMLについては、大体良いでしょうか。

 

 

次に、CSSについて。
CSSでは、HTML上でdiv id=●●などで目印をつけた部分(body全体にもできるけど)を
自由にデザインすることが出来ます。

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・サイズ
・色
・文字
・形

色んな設定が出来るようになっています。
まして、現在のブラウザはどんどん複雑な表示ができるようになり、
角を丸くしたり、水玉にもできます。
ボタンの設定もCSSで簡単にできてしまいます。

 

※以下CSSについては長いんで興味の無い方は読み飛ばしてオッケーです

いっぱいありすぎて、正直何を紹介すればいいかサッパリわかりませんが、
私が水玉にしたCSSの部分は、

サイドバーに
background-color:#FEE2D8;
 background-image:radial-gradient(#FFF 20%, transparent 0),radial-gradient(#FFF 20%, transparent 0);
ですね。

ボーダーのヘッダーのCSSの部分は
 background: -webkit-repeating-linear-gradient(-30deg, #FFF0EE, #FFF0EE 20px,#FFDED9 20px, #FFDED9 40px);
    background: repeating-linear-gradient(-30deg, #FFF0EE, #FFF0EE 20px,#FFDED9 20px,#FFDED9  40px);
です。

 


その他注意する点としては、
サイドバーを上下画面いっぱいに指定したい場合
CSSでサイドバーを含むbody以下の親要素(wrapperやcountainerなど※名前は任意)に
overflow:hidden;を入れておき
サイドバーの
padding-bottom:10000px;
margin-bottom:-10000px;という呪文を入れるとできること

ボタンについて
リストをボタンにする場合
transition: all .3s;などどしておき
li:hover{
  background:#色 ;
}
などとしておけば、ホバーした時すけて色がみえるというわけ

 


最後に、サイドバーをPHPを使って1ファイルで済ませる方法
まず、サイドバーを切り取ります。
<div id="side">~</div>までを
切り取ったら、それだけを別のファイルにします。
仮にside.phpとします。

もともとsideが埋まっていたページの開いた部分に
何を入れるかというと、
<?php include('./side.php');?>と入れて、
sideだけphpとして読み込むということです。

これでオーケーですが…

ここで注意が必要で、
HTMLから、PHPに、
URLが変わってしまいます。

先に、サイトのデータのあるフォルダの中に、
.htaccessというファイルを作れば、HTMLをPHPとして動かせます。

しかし、結論から言いますと、私はできませんでした。
htaccessでPHPをHTMLに変えるためには下のコードを入力するのですが、
サーバーによって記述が違うんだそうです。
Add Type application/x-httpd-php.php.html

phpとしてHTMLを動かすために色々試しました。
iniを操作しないといけないとか、
パーミッションを755にしないととか…見たせいで…
大変なことになりました。

パーミッションを変更するとですね、正しくない場合、エラーが起こるんですよ。
エラーが数度起こってですね…
なんと、Xサーバー側からFTPへのアク禁(アクセス禁止)をくらいました。
信じられないですが、本当のことです。

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1日程度で回復するという言葉もむなしく、3日経っても回復しませんでした。
無料で借りるくせに問い合わせするのも何だか気が引けて、
私はXサーバーをあきらめ、退会しました。

幸い、PHPを無料で使えるサーバーは他にも、ウェブクロウ、sitemix、TOK2などがあり、
sitemixにしてみました。
中級者向けのXサーバーと比べるとかなり初心者に親切で、
サイトのページはここ、ここのアドレスをどこに入れるかなど、丁寧に説明してありました。

ただ、サイトを作りたてだとFTPに接続できません。
もしかしたらまたダメなのかも…と不安です。
頑張ってファイルを作ったんですけど正直やる気がうせて来ました。
適当にブログを借りて数学のことつらつら書けば良かったのかな?

お前なんて絵でも描いてりゃいいんだよ!と殴られてる感がありますが…
まぁ、せっかく、勉強したんだし…
できたらHPでPHP使いたいなって…高望みだった?

サイトは本来ならこうなるんですけど

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FTPがまだ接続できないので公開ができない!
sitemixさんもFTP接続がだめだったらHPでPHPを使うのはあきらめます。
PHPなしなら借りれるサーバさんはたくさんあるし、個人情報もいらないし。
というか、別ブログでいいかも;
エラー頻発によるアク禁は思った以上にがっかりしました…


なんだかしんみりしてしまいましたが、
せっかくなので勉強したことを書いておきたかったのです!
こんな長文を読んでくれた人、本当にありがとうございます…!!

イラストを置いておきますね!

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次回は多分、絵に関してになると思います。ではでは!

 

webやHPを自分なりに理解してみようとしてみた。

※前回のイラスト詰めの記事と、絵を描いてきた自分史のイラスト詰めの

記事があまりに表示に時間がかかるため一覧から削除しました。

 

お久しぶりです。しましまです!
いつぶりでしょうか。
久しぶりに、興味を持ち、
しかも、他人の役に立ちそうなことを見つけたので
記事にしたいと思い立ちました。

 

 

「HPを理解してみよう」というきっかけとしては、

私が趣味の数学のHPを作りたいと思ったからです。

前回の記事のあと、友人に数学の漫画を送りつけていたのですが
どうも解りにくいようで、一旦私がもっと噛み砕いて理解する必要があると判断し
もっとじっくり考えるための「自分の城」としてHPが欲しいと願ったのが理由です。

 

 

今までにも、創作サイトとしてHPを作ったことはありましたが、
WEBページをきちんと理解して作ったとは到底言えず、
テンプレートを流用しただけで、更新の度に困ったりしました。

今回こそは自分なりに理解した上で
かわいい数学のHPが作りたい…!
そんな思いではじめたことをまとめようと思いました。


まず最初に始めたのは、ひたすら調べることでした。

わからない、というのは、知らないという事です。
知らない、というのは、その情報が自分に触れる機会がない、もしくは少ないことを意味します。

つまり、知るためにはその情報に触れる機会を増やせば良いことになります。
これはどんな勉強であっても同じことです。

HPの作り方、で延々と調べます。数時間調べると大体雰囲気が掴めます。

HPという単語の他に、「html」「CSS」「PHPなどという言葉が目に付きます。
これらを単独で調べると、「html」も「CSS」も「PHP」もコンピュータ上の言語だと解ります。

しかし「WEBページはhtmlで、CSSPHPも使える」
などと言われても首を傾げます。

でも大丈夫。
私には想像力があるし、絵でイメージもできる(はずだ)

理解というのは、説明できること。
説明は、

同じ働きや性質を持つ他の物や言葉、表現で例えられる。
辞書はそう出来ています。

 

つまり私がWEBについて調べた言葉以外で的確に表せたとき、
私がWEBについて理解できたと言えるということです。


では、さっそく調べたことを他のものに置き換えて見ましょう。

コンピュータとは?
WEBとは?
HPとは?
HTMLとは?
CSSとは?PHPとは?

同じ動きや、似たような物が無いかを必死に探します。
これらが全てつながるものが見つけられたら、OKです。

私の場合はこう理解しました。
コンピュータ=別の世界を見るためのカメラ・望遠鏡のようなもの
WEB=1つの世界、別の星、異世界、WEBという星
HP=WEBという星の中で、与えられた土地に立てた家
HTML=WEBという星で、家を立てるために必要な魔法を使うための言語、家を建てる魔法
CSS=WEBという星に立てた家をおしゃれにするための魔法を使うための言語 家をおしゃれする魔法
PHP=WEBに立てた家を便利にするための魔法を使うための言語 便利な暮らし魔法

イメージは出来ました。

 

さっそく漫画にしてみます。

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なんとも適当な漫画ですが、イメージが出来ればいいと思っています。


それから実際のHPの作り方を、イメージと合わせながら行っていくんですが、
久しぶりに漫画を描いて眠くなったので、
細かい部分、実際の手順はまた別記事で伝えていこうと思います。

いまのところ、HPはこういった感じになっています。↓
上のは仮のロゴイラストなので、新しく作りたいな。

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上のイラスト以外の装飾はCSSのみで行いました。

しましまや水玉が実装できるなんて夢のようですね…

前は、画像をいちいち作って繰り返すしかなかったので

とっても嬉しいです!

 

私もプログラミングをやれたらいいなと思います。

いろんなプログラマの方のブログを見せていただいて、

とってもカッコ良くって、あこがれます。

いいな~~かっこいいな~~

 

それにしても、久しぶりでした。

その間、全然、絵描かなかった。やっと描けた。

もし私のブログを読んでくれる人が居たら、ありったけの感謝を!

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数学の話⑥ 掛け算と割り算の本質について

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こんにちは!しましまです!

お久しぶりでした。

念願の、掛け算と割り算についての話になります。

掛け算と割り算でこんなに盛り上がれるのは私くらいなものかもしれないのですが

自分らしくやっていきたいと思います。

 

さて、私が数学を勉強しているのは以前言ったとおり、

この災害の多い世の中、いつ死んでしまうかわかりません。

その日は明日かもしれません。

だから、そうなった時に後悔しないための終活の一環として

●嫌いなものを好きになっておくこと

●知らないことを知っておくこと

考えた先が数学でした。(きっかけは透視図法でしたが)

 

私は教科書を理解できませんでした。

例えば、分数同士の割り算。

分数同士の割り算はなぜひっくり返して掛けるか、

考えたことがあるでしょうか。

説明には、こう書いてあります。

ひっくり返して掛けるというのは厳密には正しくは無く、

2つの数を掛けた答えが1になる時、一方の数をもう一方の数の逆数といいます。

つまり、逆数をかけることなのです」

 

何を言っているのかわかりません。

だって、私にとって問題は、逆数の意味を知ることではなく

「そもそもなぜ、逆数を使うのか?」

というのが理解できなかったことなのです。

 

私は数学の歴史を学んで始めて答えにたどり着きました。

ユークリッド原論まで戻って理解したのは

「どんな数に1をかけても

(もちろん1を変形した、10/10、55/55など、1になるどんな分数でも)同じ」

という性質を利用して答えを求めることが基本で、

逆数をかけるのはそれを簡単にした式なのです。

 

便利のために省略されたら、

私のような馬鹿には何もかも理解ができなくなるから

やめて欲しい。

 

私はあらゆる物の本質が知りたくて、どんどん元のものを辿ってみました。

そこで、計算の基本となる加減乗除を考えてみました。

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足す、引く、は説明ができる感じでしたが、

掛け算、割り算となると、?が出てきました。

 

掛け算を説明するとき、「掛ける事」

割り算を説明するとき、「割ること、割合」

くらいしか説明が出来なかったのです。

 

これは、「嬉しいこと」を「嬉しいこと」と説明するくらい説明が出来ていません。

説明とは、他の言葉で表すことです。

辞書はそう出来ています。

 

他の言葉で表すことができない=説明できないということは、

同時に、置き換える他の物が想像できないということ。

つまり理解出来ていないということです。

 

なので、ここでやっと

掛け算と割り算を本当の意味で知ろうと決意しました。

 

掛け算と割り算に関しては、ユークリッド原論の文章では

感覚的に納得するには微妙で、一応、掛け算は面積とも捉えることが出来るのですが、

それだと一部しか適応することができません。

割り算に関しては、分数であり、比でもあり、姿がころころ変わるのです。

 

何かが違う…納得できない…

掛け算と割り算についてなにか決定的な説明方法があるはずだ…

そんな日々を過ごしていました。

 

ある日のことでした。私は、仕事上で、ちょっとした興味があり

電圧計が欲しいなと思っていました。(電気関係の仕事ではないです)

でも、電圧計って高いなぁと思いました。

そこで、そもそも電圧計ってなんだろうと思い始めました。

電流について調べ始めて、

なんと、電圧計は電流計とあんまり変わらない

という事実を知りました。

最初はなんで?と思いましたが、簡単な電流計を作ることにしました。

近くのホームセンターで

プラスチックダンボールと磁石とエナメル線を買ってコイルを作って

電池につないでみました。

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電池が直流で1.5Vふたつなので3Vだとこれくらい動くようです。

とっても面白かったです!

コイルの中の磁界がどうなっているのかなとか、

電流の向きはどうなっているんだろうとか、色々考えて、わくわくしました。

 

それから、電流計がなぜ、電圧計とあまりかわらないのかを調べました。

オームの法則というのがあるのです。

V(電圧)=I(電流)×R(抵抗)

I(電流)=V(電圧)÷R(抵抗)

このせいだと書かれていました。

 

私はここではっとしました。これこそ、掛け算割り算だと。

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回路自体は、そう大きく変わらないんです。

ただ、電流計の場合は、中に入って測ります。

電圧計は、外からつないで測ることができます。

ここに、本質がある私は思いました。

 

つまり、見方なのです。

もうひとつ、解りやすい例を見つけました。

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直角三角形の長さの比です。

掛け算は自分を1つの世界とすること、割り算=分数とは、自分を脇役に置くことだと理解しました。

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そもそもの私の考え方の前提が間違っていたのではないかと考え直しました。

今まで私は、数式や、

掛け算や割り算を何も無い場所から想像していると思っていました。

でもそれよりも、

何もない空間などなく、全てが詰まっている世界から一部を取り出して

色んな方面から考えているとした方が

掛け算や割り算の関係性はつじつまが合うんですよね。

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つまり掛け算と割り算、ひいては数全体が、

世界は変わっていなくて見方だけが変わった姿

だったみたいなのです。

 

実は私はもともと絵の世界でこれを理解していたんです。

 


↑の記事でも紹介しましたが

人は、夢や白昼夢、ぼーっとすることによって

自分の中から映像を取り出すことができます。

ぼーっとすることは何も考えていないのではなく

自分の頭の中の詰まった空間から取り出すことだと捉えています。

ほら、何も無い空間なんてない!

これは私のやり方ですが、

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私は聴覚にノイズキャンセル機能がついていないので

物音ですぐに戻ってしまうのですが、無音なら逆に好きな時に見れるので問題ありません。

逆に望んでないのにずっと見せられてばかりの人もいるらしく、大変そうです。

自ら入る場合はキッチンタイマーをかけておけば強制的に戻れると思います。

 

こないだ見たものです。

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これらは、私にとっては大切な映像のかけらです。

これらを組み合わせることで絵を構成することは楽しく、興味深い謎があります。

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この手の絵は、組み合わせが無限で、永遠に描けるので、

興味がある人はぜひやって見てくださいね。

…というのも、

私はもう、もしかしたら、こういった自分のための絵を描けないかも

しれないのです。

だから、こんな描きかたもだれかの参考になればと思います。

 

自分を捨てなければいけない段階に来てしまったと感じています。

ですが、誰かのためならば問題ないと思っています。

個人的な絵を描くという欲以外の欲は、大方捨てられたと思っているので

私にある強い想いは、あとはこれだけなのです。

 

次の記事で、私の、絵を主軸とした人生をやめようと思っています。

それから先は、普通の、誰かのためになるものとか。

これまでの私が存在しない世界です。

…とにかく、そうしなきゃいけないと思っています。

 

過去の絵の歴史を以前の記事で振り返ったことで、

ふっきれてしまいました。

それから先で気づいたことは、必要ならば漫画や絵を交えて伝えたいです。

 

次回の記事で、今の段階で絵に関して思うことを語りたいと思います。

ではでは、読んでくれてありがとうございました!

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ゼロと無限と1と私

ゼロと無限とかの話です。

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こんにちは!しましまです!

お久しぶりです!

割り算についてめちゃめちゃ悩みまして、

やっと…本当の意味でわかりましたので

次回、掛け算と割り算について詳しくやっていきます。

 

その前に、今回はゼロと無限について思った事を書きたいなと思います。

やっぱりちょっと長くなっちゃいそうです。ごめんなさい。

 

ゼロ、というのは存在しないということですね

無限、というのは終わりが無いということです

この二つは同一視されることがよくあります。なぜでしょうか。

 

さて、両方のイメージを併せ持ったものをイメージできるでしょうか?

私は、合わせ鏡がかなり近いかなと思っています。

鏡と鏡を合わせると、中に映る空間はずっと続いていくように見えます。

しかし、その空間は実際には存在しないものなのです。これが、ゼロと無限?

どうでしょうか?人によって思うものは違うのだと思います。

 

ゼロと無限 を考えるにあたって、

存在する存在しないという本質を考えてみました。

疑問を持ったのは、√(ルート:平方根)を勉強していて思ったことです。

平方とは、ある数をもう一度掛け合わせることです。つまり二乗です。

さて、答えが自然数だと指定されていないならば

x^2(xの二乗)=2 の答えは x=√2 と、-√2 のふたつになります

ここで視点を変えてみます。

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√2と、-√2はどちらも、

「自らをもう一度掛ける」という同じ行動をして、

全く同じ答え(xの二乗)を得ています。

ここから私は、プラスとマイナスには、大きな違いが存在しないのではないか?という

疑問を持ったのです。

 

そこで、現実世界の要素を入れて考えてみました。

プラス と マイナス という考え方は広く考えると

あるひとつの分野における方向の違いだけなのではないか ということです

 

天と地 酸性とアルカリ性

善と悪 陰と陽 右と左 など

 

そうやって似ていながら相反するものを探していくうち、

ある と ない を

プラス と マイナスに当てはめようとしたとき

ない」がマイナスになるのかどうか、気になりました。

ない、は真ん中の…0?

 

そうやってグラフをみる私に、無意識の感覚があることに気づきました。

私は、この二つの面を見るとき、

「何か」が「どちらか」に移動することを考えていました。

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「移動する」ことの本質を考えて見ると

移動するというのは、瞬間が連続に繋がることです

つまりなんと…「時間」が含まれているです!

移動しないというのはつまり、時間が経過していないこと。

自分を軸として考えるなら、時間が無い=プラスもマイナスも存在しません。

考えて見れば計算などもそうで、

何かが変化する、変形するというのは「時間」ありきの考え方です。

 

そう考えると、見えないところにすでに違う考え方が含まれているのです。

 

そう思った瞬間に、この図にもうひとつ視点があることに気づきました。

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そう、ある面ふたつを見るとき、

両方をいっぺんに見る

もうひとつの視点が存在するのです。

 

そしてこの3つ目の視点の見方もひとつではなく、

内側から二つを見る視点と

外側から二つを見る視点があることに気づきました。

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実はこれは次回話すつもりですが、

内側から見るのが割り算外側から見るのが掛け算です。

どちらも本当は同じものなのです。

 

話を戻しますと、

では真ん中だと思っていたゼロはどう考えたらいいのかと

悩んだ結果、私の結論としては

「ゼロは、違う視点への扉」だと捉えました。

なぜ扉だと思うかについては理由があります。

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りんごを右(プラス)左(マイナス)にわけるとした時

真ん中の切り口をゼロとします

 

りんごを切ると、中身が見えます。新しい視点を手に入れました。

しかし逆に考えると、中身の表面が現れたとも考えられます。

中身の表面から、細胞を取り出してまた半分にしてみると、

また新しい視点が得られますが、またそれも新たな表面なのです。

つまり私たちは永遠に中身を知ることができないのです。

しかし、その切り口こそが、新しい視点を開く扉なんです。

それがゼロだと、私は捉えました。

 

しかし私は、実はゼロは無限だと思っていません。

真の無限は、「1」だと思っているからです。

1は、全てを内包する最大で、またすべてを構成する最小です。

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しかも、変幻自在なため

誰かが想像し1と決めたなら1になるのです。

これこそ無限の力だと私は思います。

 

また、自分を1と見立てたとき

私を2/2にすることも100/100にすることも可能なはずです。

そうやって自分を変形することで問題を解決することも、できるのかもしれません。

たとえば、自分を1つの会社だと仮定

そこには、いくつもの部署が存在し、

それぞれが担当を請け負っている。

やってくる喜びや悲しみ、辛さや愛をうまく扱っている。

だから自分が成り立っている、そう考えることもできますね。

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プラスマイナスは、あくまでも場であって

本体は、内と外に別に存在

時間が存在するならば移動もできる、遠くから眺めることもできる

そうやって何かは存在するのかなと思いました。

 

何を言いたかったのかうまく言えなかった感がありますが

わたしは「1」で、

自分自身を切る勇気があるなら

いつでもその切り口に、

別視点の扉の「0」を持っているんだってこと、

忘れずにいたいなってこと…かな…

 

ああ、うまくいえない。

むずかしいなあ。

 

 

次回は、掛け算と割り算の予定です!

ではでは!

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私が透視図(射影幾何学)の成り立ちを理解するまで

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↑手書き→フォトショで色塗り→フィルタ加工(エッジのポスタリゼーション)

背景がかなりきつめ(人間の視界を越えている=歪んで見える)の三点透視

※人物はちゃんとパースがかかっていない

 

どうも!しましまです!

今回は、透視図についてです。また、えらい長くなりそうです。

まずは、以前から描いていた漫画を説明補助用にしましたのでどうぞ。

※製作期間が飛び飛びなため絵柄が変わりまくっています

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はい。本当はあと20ページくらい描く予定でしたけど(ネームはできてる)

時間的に厳しいのでキリの良いところで。

ではここから始めたいと思います。本番はここからなのです。

 

背景を描きたいと思い、透視図法を学ぼうと思ったことは
以前「私がパースの消失点を理解するまで」という記事で言いましたが、
その詳しい顛末を今回書きたいなと思いました。
正直これが、このブログの第一段階での目標だったように感じます。
思った以上に構成を考えるのに難航し、自分で思ったように伝えられない
もどかしさ、理解したようで伝えるとなった段階で
初めて自分がどれだけ理解できていなかったかを今、痛感していますが、
現段階の私が伝えるとこうなる、というのを考慮して頂けたら幸いです。

 

<簡単なあらすじ>

透視図法を使って絵を描きたいぞ!
  ↓
消失点ってそもそもなんだろう?
  ↓
なんで線をぶつけた所を描いたら正しいっていえるのさ?
  ↓
気になって透視図法で絵を描く気持ちになれない!
  ↓
透視図法ってなんか数学みたいだな…
  ↓
どうやら射影幾何学って言うみたいだぞ!
  ↓
数学の幾何学なんだから数学勉強してみるか
  ↓
なんか普通の幾何学っぽくないぞ…?
  ↓
透視図法(射影幾何学)は平行線が交わる世界なんだ!?


こういう感じの流れだと前回は説明しましたが、
肝心の、
透視図法(射影幾何学)は平行線が交わる世界
という部分の説明が無かったかと思います。

その部分について詳しく述べていくと、
数学と美術、両方の歴史が関係してきます。

 

まず数学の世界では、幾何学を含め、それまであった数学が
ユークリッド(エウクレイデス)によってまとめられました。
原論(ストイケイア)というものです。
私が以前言っていた「ユークリッド原論」とはこれのことです。


そこには、「自明」と言われる…《世間一般に当たり前のこと》が書かれた
きまりが設けられていました。

○は○とする という定義

 

▲は▲することができる
(もしくは▲は▲にしてくださいという要請を意味する) 公準

 

◇は◇になっている という公理


●定義をかいつまんでみていくと、
点は部分を持たない(ということにする)

厚みも面積もない点には、位置情報だけがあるという意味です。


公準をかいつまんでみていくと
任意の点と、これと異なる他の任意の点とを結ぶ直線を引くことができる

この場合の「できる」は、
「必要があったらやってもいいよ!ルール上OKだよ!」という意味のようです


●公理をかいつまんでみていくと
等しいものに互いに等しいものを加えると全体は等しい

公理は主にこの世の中(地球上)での理を言ったものです。
学校で数式が出てきてやらされるのは主にこの公理を使った式の変形のようです。


しかし、問題がありました。ユークリッド原論の中に記されている
公準の5番目だけがやたらと長くわかりにくかったのです。

「2直線が1直線と交わっているとき、もしその同じ側にできる内角の和が
2直角(180度)よりも小さかったならば、2直線はその側へ延長すれば必ず交わる」

言っておきますがこれは、図で考えるとわかりやすいのです。

文章だと頭がグチャグチャします。

図にするとこうです。

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ようは、二つの内角が180度より小さい=各々、内角が90度未満なら交わる

=逆に言えば内角が両方とも90度の時って平行なんだから、

平行線って交わらないんだ!ということを言っています。


しかし、こんなにパッと見てわかりにくい決まりなんて
おかしいだろうと思った数学者はたくさんいて、

どうにか証明しようとする人が沢山しましたが
1000年以上も、この考えを証明することができずにいました。

そこで、ロバチェフスキーという方が
背理法《はいりほう》(帰謬法《きびゅうほう》ともいう)、
逆転の発想から物事を証明しようという試みをしました。

まず最初に平行線がまじわるという「間違った答え」をあげてから、
それを正しいこととして証明し、それが上手くいかなければ、
平行線はまじわらないことを証明できるという考え方です。

ところが、平行線がまじわっているという、本来であれば
間違った答えが、そのままうまく

当てはまってしまいました。

つまり、平行線が交わったままでも、

ちゃんと他の決まりが使えたのです。

このことで、今までの幾何学の他に

全くあたらしい幾何学の世界があるということを発見しました。


平行線が交わらない世界と、平行線が交わる世界を
それぞれユークリッド空間、非ユークリッド空間といいました。


しかし同時に、

数学上の決まりが絶対ではないことを証明してしまった

形にもなりました。


世界は変わって、美術の世界に移ります。
ヨーロッパの画家たちは、よりリアルな、
人間が見ている視界をどうしたらうまく描けるかについてとても悩んでいました。

そんな中、建築家でもあるフィリッポ・ブルネレスキという方が
自らの視点を固定し、鏡を使って反射させたものを絵に描いたのです。


たぶんこの時点でブルネレスキは分かっていたんだと思うんですが、
物体の方向がある一点へ向かって小さくなるという
「消失点」を発見したのです。

その後、ガスパールモンジュやデザルグなどにより
消失点および透視図法は研究され、幾何学はもちろん、光学などとも関係があり、

数学と連携し射影幾何学というひとつの学問として完成しました。

この事により、遠近法を取り入れた絵画の技術は飛躍的に向上しました。
しかし、当然全ての画家が遠近法をすぐに取り入れられるはずもなく、
絵画を描くために数学者を呼ぶということも当時はあったそうです。


私の透視図法に関する知識を求める姿勢に関して、
インターネットで必死に透視図法を調べていた時に
「透視図法の歴史についての一考察」という、
金沢美術工芸大学の井村俊一さんという方の論文のpdfを拝読していて、
現在展開されている透視投影の各種図法で、

その裏付けとなる理論の歴史的経緯や変遷、創案した人物等の事柄は、

過去に多数出版されてきた教科書では、殆ど説明されていなかった。
図法の理論背景が、ユークリッド幾何学、アフィン幾何学

射影幾何学と多岐にわたり、その根拠理論を説明していると

本来の図法の説明が疎かになる

この文章を読んだとき、美術の講師の方のジレンマと教科書の事情を知りました。

また、この後の記述に

「また、図法について現代では、コンピュータプログラム化され、

そのソフトウェアを購入し、マニュアルに従い操作し、作図すれば

目的が達成される。」
現代絵画の世界では線遠近法が風化しつつあり、せめて絵画技法の歴史的事実として
画学生の教養の一部としたいと考えた」

この文にひどく感銘をうけました。
だって全くその通りで、私は透視図法について調べようと思ったけれど
「写真を参考にする」「3Dで作る」のが時間制限のある社会では一番の正解

なのにあえて線遠近法の、しかも

成り立ちから勉強するなんて
ただ絵を描くために必要かって言われると別に必要ない。

だけど、私は知りたかった。

ただそれだけで挑んでいこうと思います。

このpdfを読むだけでも歴史的背景が分かります。

そして私はこの井村先生が参考になったという
黒田正巳さんの「空間を描く遠近法」を手に入れました。

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あらたに分かったのは、人の眼球の作りと、どう認識するかという知覚についてです。
錯視恒常視についても詳しくかいており、
これらの本から「例え遠近法的に正しく描けようとも、
人間の視界を再現するのは難しい」という事を理解しました。

以前、宮崎駿さんの絵コンテで、馬車が遠くからこっちに来る絵だと

思ったんですが遠近法的に正しいのに「違う、こんな風には見えない」と

言っていた事を思い出しました。
あれは、人の目にはこうは見えないと言っていたんですね。

 

 

また、そこから見るということはどういうことなのかを考え始め、
虫や魚の視界が人間と違うということを思い出し、
とある親切な方から「生物からみた世界」という本をおすすめされ、
人間とその他の生物の見え方の違いを知りました。

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また、物が見えるという事に関連して、光学にも興味を持ち、
最も詳しいといわれる本を手に入れましたが、
中身は想像通り数式ばっかりなので、まだ理解するのに時間がかかりそうです。

 


ここからは私の考察になります。

さて、数学の世界から見た透視図美術の世界からみた透視図
どちらも元々同じものですが、見る目が違っていました。

平行線が交わらないことも、平行線が交わることも、元はおなじで、
見る目が違っただけと私は思っています。
文字通り、「目」が。

私は、人間がレンズのような目を持っていなかったなら、
平行線が無限の彼方で交わるような風景は見れなかったと思っています。

「距離感」を得るために、目はレンズで、二つでなければならなかったのではないか。
そうでなければ、数センチ先の物を手にすることも適わなかったのではないか。

だから、「無限の彼方で平行線が交わる=無限遠点」という発想は
レンズのある生き物にしか通用しないと考えています。

つまり、平行が平行のままのユークリッド空間が数学的には元
そこに、平行が無限遠で交わるという、
レンズをもった人間の感覚をプラスした? というのが私の考えです。

そしてそれを紙面上に再現しようとするのが
射影幾何学であり、透視図法だと。

勉強した限りではこういった結論が出たのですが、どうなんでしょう?
もしかして、知らないのは私だけだった?みんなは最初から分かっていた?

はっきりした答えが見つからないのでとても苦しみましたが。
光学が関わっていても、数学的にまったく問題ないのは、
微分積分が運動法則に関わっていても数学上問題なかったのと

全く同じだと思っています。

数学は要素が多くても、その仕組みさえ分かっていれば

計算するのに支障がない学問です。


空間、世界はそこにあって
どんな目をもっているか、どう見ると判断を下すかで

その意味は、見える風景は変わるんですね

そして絵を描く人間は、
感じた世界の中で、質、感情、正確さ…
あらゆる色んな要素のどれにフォーカスして描くか
ただそれだけなのかもしれません。

 

ちょうど今日、チコちゃんに叱られるという番組で

ニワトリの視界についてやっていて面白かったです。

人間は二つの眼球が動くから、立体的に物が見れるんですね。

↓「空間を描く遠近法」より

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人間が見たものを歪んで感じるかについて、

透視図法では消失点の位置でゆがみが発生します。

 

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大体、人間の視野は両目をあわせても

せいぜい90~100度。

60度を基本の視円錐にしているのは、

歪みを感じない絵を描きたいという

そういった理由からではないでしょうか?

 

また、人間には錯視という目の錯覚があり

ちなみに一番最初の絵の部分、直線で描いていた部分に気づきましたか?

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この絵の場合のHL水平線(目線)にあたる線とちょうどこの建物の一部が重なった状態というわけです。

なぜ水平線が目線の高さになるのかというと

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こういうわけです。

 

本当はもっと透視図法の技法もやるべきでしょうね。

今回はこれくらいにしておきます。

 

 

昨日(もうおとといか)地震が来たとき思いました。

せっかく学んでも生きてるうちに伝えられないと意味がない!って。

絵も、描いたらどんどん載せておこう。

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いまこうやって絵が描けているのって結構すごいことなんだなーと。

思いました。

本当に、見てくれた方、読んでくれた方、ありがとうございます。

 

今回で、反省したことがあります。

私はわりと昔から、「完璧にできない完璧主義」なところがあって

ちゃんとした記事にしなきゃしなきゃと結構、敏感になってしまいました。

なので情報が足りないんじゃないかと、どんどん長文になってしまい、

却って読む人の目を疲れさせるという悪循環に陥っていることを自覚しています。

このままじゃいけないと思ってはいるので、

なんとか対策を練ろうと思います、どうかまた見てやってくださいね。

ではでは!

 

数学の話⑤ 世の中の理が基本

 

今回は、いつも私が謎に思っていたことについて語ろうと思います。

割り算…というか分数についてはちょっとだけ。

 

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こんにちは!しましまです!

やっと数学にもどったぁ~よかった~

えーと、私は数学を勉強してわかったことや

気づいたことをマンガにする試みをしています。

 

私は高校では数学は追試の常連で、

0点もしょっちゅう取っていました。

漫画のセリフはすべて、私自身に向けたものでもあります。

 

高校以前ですでに、躓いてしまったのです。

マイナス×マイナスがプラスになる理由

分数の割り算はひっくり返して掛ける理由

方程式の移項で移動する理由

分数の通分で最小公倍数を求める理由

 

私には何もかも、理解できなかった。

「そういうものだから」といわれて納得できなかった。

意味不明な「数学」を気持ち悪いとすら思っていました

 

数学には、数々の決まりごとがあったのだ。

見たままで考えてはいけなかったのだ。

そして、この世の理を当てはめることが出来ると知りました。

 

数学を理解するためには、数学以外が必要になる。

どうして誰も教えてくれなかったんだ!と今になって悔しい想いでいっぱいですが

この事実をやっとわかった!と知るまでに、私は

 

ユークリッド原論で公理を学ぶ

加減乗除のルールをどう解釈したら良いかを改めて考える

●イコールに含まれる意味を知る(イコールによる式の種類を知る)

●次元という世界の概念と数式との関わりあいを考える

●図形と数式との関わり、あるいは物理と数学との関わりを学ぶ

●数と記号の意味と歴史を知る・・・

・・・と、

私がこれでわかった!と思った勉強は、

あまり小中学校でやらないような勉強だったのです。

 

この事実から、いくつかの仮説が生まれました。

①学校の教育は私に向いていなかった

②学校の教育は理解しにくい

③私が学校教育で理解できる頭を持っていなかった

④私以外の他の子は学校教育で十分理解できた

 

私が学習漫画を描き始めた理由は、①または②で

私のような子がいたらきっと苦労するから、

そんなことが起きないよう漫画で伝えられたらいいな

というのが原動力だったのですが、

 

もしも③、もしくは④だった場合、

私のこの試みは全くの徒労、自己満足でしかないという結論に至ってしまいますね…

 

でも、誰かひとりの心にささればそれで大成功だと思っています。

 

 

数学を理解できるかは、イメージ力にかかっています。

イメージ力は、物理の方から貰いましょう。

 

なぜなら「数学」は、イメージを用意していません。

私たちが理解しようと理解しまいと関係なく計算できるからです。

 

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つまり

「理解」という概念は私たちのもので数学の世界にはないから当然ですね。

理解は、イメージは自分でどうにかするしかないんです…!!

 

物理、つまり自然の中に数学でイメージしたい数式と

同じような仕組みのものがないか探すんです。

 

微分積分ならボールの軌道

一次関数なら電車…などといったように

数学を考えやすく仕向けるためのイメージを物理から得る

ことに一生懸命にならなくてはいけないみたいです。

 

イメージなしで計算できればどんなに楽だっただろうか…

 

 

 

 

今回短かったかな。何か気づいたら書き足すかも。

次は多分透視図法…だと思います。

たくさん漫画を載せる予定です。ではでは

ちょっと脱線<虚像から始まる実像---妄想から始まるリアル>

こんにちは!しましまです。

本当は数学か、透視図法について更新する予定だったんですが

透視図法も数学も、もうちょっと漫画を数ページ描きたかったので

数日お待ちください。

 

ちょっと箸休めになっちゃうのですが、

前回の自分史で語らなかった部分、

現実を知って精神的にどん底だった時を語ろうかなと思います。

まぁ、今でも大した変わっていないんですが、

考え方が若干、変わったかなという程度です。

 

私はデザインの仕事をやめた後、全く違う仕事に就くのですが、

その間に数社、同じようなデザイン関係の仕事の面接を受けたりしていました。

が、いつも最終面接で落とされていました。

答えは、何となくわかっています。私が行きたくなかったからです。

心のどこかで、この会社もきっと同じなんじゃないか、

また、絵の描けない日々が始まるんじゃないかと、不安でした。

 

私はずっと、大人になったらもっと沢山絵が描けると思っていました。

でも、デザインの仕事に就いて、現実を知った

デザインは自分の絵を描く場所ではない。いや、

絵の仕事とは、

そもそも自分の絵を描くものじゃないんだ。

まず仕事とは、誰かのためにあるものなんだ。

自分の絵をたくさん描く、そんな日はもう永遠に来ないんじゃないか、と。

私のそれまで人生での目的はただひとつでした。

楽しく絵が描けること。

ずっと絵を描きながら死ぬことが目的でした

粉々に打ち砕かれたのです。

あまりにも幼い願いが砕け散りました。

この時もし、有島武郎さんの「生れ出づる悩み」を読んでいたら

ドンピシャで号泣していたと思います。

 

願いが砕かれた私は、気力を失いましたが、

違う仕事になれば、絵を描く時間ができる…?

別の希望を抱きました。

 

しかし、現実はそう甘くはありません。

絵から離れて待つのは、自分の存在意義を疑う自分の声

これから何のために生きればいいのか、全く解らなくなってしまいました。

 

両親に親孝行を、と思うべきところなのですが

正直、そのとき私は自分勝手にも親を恨んですらいました。

美術部に入りたかったのに運動部に入れと言われ従った自分、

他の親の前で親に「こいつは駄目だ」と言われて劣等感をもつ自分、

両親に蔑まれるのが嫌で入りたくも無い学校を選ぶ自分、

世間体を意識して自分との欲望を天秤にかけデザインを職に選ぶ自分。

いつだって本当は、反抗できたはずなのにできなかった。

本当に恨むべきは親ではなく、自分自身。

勇気がなかった。

 

でももう、それすらどうでもよくなり、

はやくも私は人生の終わりを考えはじめました。

絵は描けないし、そもそもここにいる意味もわからない。

じゃあ終わりだから、どうだっていいと。

元々あまり誰かに相談することは苦手で、考え方が偏っていました。

(相談しても心にダメージを負うことの方が圧倒的に多かった)

 

死ぬというつもりは無かったものの、絶望的な気持ちで思ったのは、

この世からいなくなる、と仮定したなら

最後にやりたいことをやろうという考えでした。

 

死ぬ前に何がしたいか…と考えて

・身辺整理

・嫌いなものを好きになっておきたい

・知らないことを知っておきたい

 

この3つでした。

透視図法に関して、一度諦めた透視図法を急にまた勉強し始めたのは

この「知らないことを知っておきたい」という考えが元で、

数学は透視図法を勉強する過程で勉強することになったものです。

 

ともかく、

・身辺整理は重要でした。

何といっても、とても見せられないあんな絵やこんな絵も描いていた過去があるので

一刻も早く処分しなければ、とてもあの世になんて行ける気になりませんでした。

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という事で、そんな歳じゃないけども積極的に終活をし始めました。

見られたらやばいような絵、下手糞すぎてみていられない絵や漫画を

あらかた処分しました。

友人とのやりとりの手紙も、ひとつにまとめ、

私に何かあったら友人宅に送るようメモを沿えたり。

不思議なことに、掃除を終えた頃には少し晴れやかになっていました。

 

次に、

・嫌いなものを好きになっておきたい

で、私がこの世で最も嫌いなもの…それは納豆でした。

納豆のおいしさを知らないまま死ぬなんて嫌だと思った私は、

何としてでも、生まれてからずっと大嫌いな納豆を好きになることを決意しました。

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最初はなんでこんなこと始めちゃったんだろうとか

おいしいなんて思える日が果たして来るんだろうかと

とても辛い毎日でしたが、ある日突然、美味しくなったのです!!

多分、納豆菌は宇宙でも死なないくらいすごい菌なので

私の脳まで支配したんだと思います!

今は何も混ぜなくても大好きです。私は十勝納豆が一番好きです

 

さて、今現在行っている数学などの勉強…実はそれは全て

死ぬ前に知らないことを知っておきたい

という終活の一環で行っているものです。

 

そう、私は気づきました。

人間は常に死に向かって生きている。

いつだって終活だ。

だから、死ぬ前にやりたいことをやるんだ。

 

そういう気持ちが生まれて、

色々やっていって、結果として学習漫画にいきついた。

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笑われても、何でも、もういいな!って。

悔いが残らなければもうなんだっていい!って。

 

本当に謎なんですけど

マイナスに進む世界で、マイナスの方向に進むと

まるでプラスの方向に進んでいるように見えますね。

 

数学は、私に色んな考えをくれます。

色んな執着を捨ててはじめて、

大事だったものと、他のもの同等として感じることが

出来るようになったと思います。

絵も大切だし、他の全ても大切だってやっとわかったというか。 

もういっそ全部を好きになっちゃうほうが楽だという。

 

今まで見ても気づかないことにちょっとずつ

数学のおかげで気づき始めました。

怖い夢を見ても、怖いとだけ思わなくなった。

怖いものは、分解して考えると全く怖くない。

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カバンを忘れるのと、事故は無関係なんですよ。

A子という概念があってはじめて繋がる。

 

 

妄想から現実を見直すことが出来るんだなと

新しい発見をしました。

無いところから新しい考えを生み出せるんだなと思った所で

また次の学習漫画を描こうと思います!

 

ではでは!.